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Charles Bovy Lysberg
(1821年5月1日 - 1873年2月14日)
シャルル・ボヴィ・リスベルク(Charles Samuel Bovy Lysberg, 1821-1873)は、スイスのピアニスト・作曲家。リスベルクは筆名であり、ボヴィが本来の姓である。著名な彫刻師アントワーヌ・ボヴィ(Antoine Bovy, 1795-1877)の息子としてジュネーブで生まれた彼は、地元で音楽教育を受けた後、15歳でパリへ行きショパンの弟子となり、またレイハの門下であるドレール(Jacques Auguste Delaire, 1796-1864)に作曲を学んだ。パリ滞在中に、彼は最初の作品を出版するが、その際に悪評を恐れて、「リスベルク」という筆名を用い、有名になってからも結局その名前を使い続けることとなった。1848年の革命を機に、彼はジュネーブに帰郷し、同地の音楽院の教授に任命されている。
リスベルクは、サロン向けのピアノ小品を多数残している。《ナポリの女, 軽快さの練習曲 La Napolitana, Etude de Légèreté Op.26》、《泉, 牧歌 La Fontaine, Idylle Op.34》、《旅芸人, 奇想曲 La Baladine, Caprice Op.51》、《牧歌 Idylle Op.62》などは人気作となった。また、《不在, ロマンティックなソナタ L'absence, Sonate romantique Op.85》のような作品もある。1854年には、歌劇《カリヨン奏者の娘 La fille du carilloneur》をジュネーブで上演し好評を得たが、大きな成功には至らなかった。
- 筆名と同じリスベルク(Lysberg)を出身地とする文献もある。
- フェティスは、「リスベルク」という筆名はスイスの村の名前に由来するとしている。 (F.J. Fétis 『Biographie universelle des musiciens』 補遺 第2巻 p.138)
作曲家名の別表記: | Charles Bovy-Lysberg |
作品番号 | タイトル |
Op.36 |
2つの夢想曲
2 Rêveries |